幸福の方程式 物質的豊かさを超えた幸福はあり得るのか? ●干場ずっと昔、まだディスカヴァーが書店向けの本を出すか出さないかの頃、ディスカヴァーでやりたいことは何? という質問を突然受けたとき、自然に出てきた言葉、それが、
21世紀の幸福の価値基準を提案していくこと
だった。詳しくは、こちら、会社案内のページにも書いているが、では、幸福とは何か? それについて、確信できる明快な定義があるわけではなかった。
ただ、みんな口では否定しながらも、とどのつまりが、幸せのためにお金を求めている、国民の幸福のために国家は存在すると思うのだけれど、その手段はやはりGDP、経済成長みたいになっていることに、漠然と限界を感じていた。なぜなら、それでは「比較」の問題で、常に、幸せとは感じられない人が存在するから。そうではない価値基準が必要だと思った。そういうことをいろいろな視点から、いろいろな著者の方の本で、提案していけたらいいな、と思っていた。今でもそうだ。
ところが、こういうことを言うと、必ず、お金と幸福は別だともともと思っていますよ、という人が出てくる。
たとえば、「お金と幸福は関係ない。お金持ちだって不幸な人はいるし、貧乏でも幸福な人はいる。国だってそうだ、ブータンを見よ」と。これは、『婚活」ブームの仕掛け人(!?)山田昌弘先生が幸福に関する参議院の国民生活審議会のようなものに、よばれて意見陳述(?)したとき、国会議員の先生方から出てきた発言だ(実際、すでに経済的に上位にある人ほど、『お金と幸福は関係ない』というようだが、年収が150万円にも届かない人に、同じことが言えるのか?)。
折しも、少し前には、ハーヴァードで「HAPPINESS」という講義が始まり、それは本にもなって、日本でも発行され(そのもろ日本語の某団体から発行されてしまって、弊社では出せなかったが)、アメリカでは類書も非常にたくさん生まれたが、いずれも、要は心の持ち方みたいな話にとどまってしまっているように思う。社会全体の課題と直面することを避けているような。
というわけで、この古くも新しい壮大なテーマに取り組んだのが、9月の新刊の一つ、山田昌弘先生と、その名も電通チームハピネスの隊長(?)袖川芳之氏による、『幸福の方程式』。
山田先生は言う。
「物質的豊かさが幸福には結びつかないというのは、自分の若い頃にもあった。常にずっと言われてきたことだ。にもかかわらず、
『物質的豊かさが幸福とは結びつかない』と言い続けなければならないのはなぜか?
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