コメント: 今なぜ「ニーチェの言葉」なの? ●干場

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「ダヴィンチ」7月号(ゲゲゲVSニーチェ)の中に、こんな指摘があった。(超訳本の)出典を見ると、「人間的な、あまりに人間的な」や「曙光」「悦ばしき知識」といった、代表作とはいえない著作からの警句にはっとさせられることに気づく、というのだ。
「なるほど」と思った。これら3作は、ニーチェのモラリスト(人間観察者)としての側面が強く出ている時期の著作だからだ。
今なぜニーチェなのか。「今」は分からないが、単に「なぜ」と問うならば、人生を考え抜いた天才の言葉だから、としか言いようがない。

私の意見としましては、装丁と超訳ニーチェの言葉という書籍名がまず目にとまりました。シンプルで部屋のインテリアの一つにもなりそうな本。また、書名はニーチェを知らなくても、その人物の言葉で一冊の本になるのか、と瞬間的に興味を惹かれる感じがしました。TVや新聞、雑誌などで専門家や本をよく読んでいるような方が推薦している影響も、私たち読者が手に取る要因として大きいと思います。良い評判を知ることで自分のためになるだろうといった言葉を受け取る態勢が読む前に高められているような…気がします。


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