コメント: 小さな声がつながる”場”

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ナルホド twitter これをその入り口に使うと、、?  今まで群れる道具化?、してると感じていましたので!
気にもしてなかったのですが。
(と言いながら!ダメですね!マサニ表面しか見ていないのです。)
そりゃ道具は使い方でイカヨウニモ!なりますね!
、、、、、、
でも、、?どうでしょう?Blogも同じかなと?感じるのですが!
と言うか?アエテ、そう、する事もない気もしますが!
それは、自分で見つけると言う事!ではないのでしょうか?
大きなお世話は、、、本当に良いのか?とも感じます。
その学習中に、安易に近道を教える事にならないのか?そんな本がでも多いです。

只、広く広がると言う所は違うかな?でも逆に安易に手に出来る副作用が、やはり!ないのかなと懸念しますが。
何れにせよ、使ってみないと!ですね。

>そうしたプライベートの枠組みを超えたことだ。

それが、このネットの大きな秘められた可能性ですね。今までにない!双方向がモタラス可能性!です。
ヒトは自他をわけ育む故に、そこに唯一独自の自己が必然と出来ます!そして終焉までそれは継続し、時には自他を越える事を経験します。このエネルギーが良かれと、この世を作って来たと感じています。
そしてある時間を経て、全てを捨て帰って行かなければなりません。

長年書いてて感じるのは、自分とか他人とかの境がだんだん希薄に感じて来るのです!
、、、と書くと誤解を与えますが。違います!
ネットはマサニ、全てを映す「鏡」ではないの?と想うのです。
(但し、そこに映る事象を見る、その眼差しで、その見え方は、大きく違うのですが!)
そう、自分自身も鮮明に映してると言う事!故に幾ら匿名性であってもウカッナ事は書けないのです。
自分自身は偽れない!
そういう観方をすれば、その可能性はあると!マサニ道具です。


>、ごく僅かの人にしか情報が伝えられていない。
>いくら、、作っても、、それを見る人は、ごく限られているのだ。、、、、、ネットでは可能になる。

故に本と言う形に拘る事もないのでは?と、、?コストも凄く安いでしょう。
(但し、物理的じゃなく!対価の回収がやり、にくいのかな?、、、でも、それはやり方!)
と以前からそう感じてはいますが!それぞれのメリットもありますが。様は使い方!慣れでもあるかなと、、、?
道具は肌に馴染まないと、使えない!

何れその様なモノが極、自然発生的に出来て来ると感じます!
そこで!
使い方?の雛形のサンプルを出すと言うのも大きな意味があるでしょう。宜しくです。
様は、道具は我々で育てる物!
その選択肢が現在未だ与えられていますね。使わない!てはない!

でも!
ホントに必要な所には届かない!でも、それをするには「感動と!」言う情動を伴い、やっと心に届くのではないでしょうか?
感動は温度差!ある故に強烈に気が付く!理屈抜きに、ココロ揺さぶる!故に感染する!生き様はまさにウイルス!
(何も派手にと言う事ではありません!)
押し付けになれば逆効果!
それはマサニ!自分で出会うしかない!のです。
それがもし目の前にあっても、それに!気が付かないでしょう。
幾ら本を読んでも、、、、、気が付くには、、要するに「それ以前」の蓄積がないとそれに気が付かないでしょう。
アンチョコには手に入らない筈!


>個人として弱くても、、、しかし、これまでは、そのまとまり方が難しかった。
>、、質の高い仕事をしている人たちの表現を「束ねる」ことで力を強める一つのささやかなサンプルだった。
>私は、、、創刊した時から、同じような傾向の媒体が現れることを心待ちにしていた。

これが将来このネットに自然発生的に出来て来ると感じているのですが!
(全く商業主義に染まってない、独自の物に開花するかと!でないと本物じゃない!と思います。其処に何も利害関係はない故に出来上がる筈!全てが何とか出来ないのと言う!エネルギーそのモノ!が唯一作れるのかと!
でも、纏まれば、ある意味恐怖にもなり得る危険が含ま


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