原田喧太、マーシャルを語るデーモン小暮閣下、Scoop On Somebody、松本和之等々人気ミュージシャンのサポートの他、自分のバンドでも様々な要素を取り入れた音楽をクリエイトしその幅広い活動を通じ、ベテラン・ギタリストとしての地位を確実なものにしている原田喧太。以前はあまりマーシャルがお好きではなかったようですが…。今では大のマーシャル・ファン。マーシャルのどこに魅力を見出したのか?(敬称略)
マーシャルとの出会い
YMT(以下Y):それではいつも通りの質問から…マーシャルとの出会いについてお聞かせください。
原田喧太(以下H):やっぱりまずはレコードだよね、当時の。あの頃ってサ、70年代の後半ね、アンプの種類なんか今と違ってあんまりなくて、雑誌なんかを見てもみ~んなマーシャルだったじゃん。もう、メチャクチャあこがれだった。いつかあれを弾きたい!って思ってた。
Y:原田さんの世代でもあまり弾く機会がなかった?
H:スタジオになんかなかったもん。もしくは、ホントに入り始めた頃かも。初めて弾いたのは「ニュー・イヤー・ロック・フェス」だったかもね。
Y:桑名さんのバンド?
H:そう。イヤ、違うかな?でもなんかのライブで、ステージにマーシャルが置いてあって、「アレ使いたい!」って。15歳の時だと思う。
Y:マーシャル関連で影響を受けたミュージシャンってどのあたり?LAメタルとか?
H:うん、そうだね。メタルは流行ってたね。それこそランディ・ローズとかさ。マイケル・シェンカーとか。マーシャルはデビューした後も買えなくて、ずっとあこがれの的だった。でも、あまり深い縁がなかったな。
Y:借りて弾いたりはしてたんでしょ?
H:そう。でも借りたヤツがみんなしっくり来なくてね。なんかやたらキンキンしてるイメージが付いちゃってあんまり使わなくなっちゃった。
Y:その頃ってJCM900のころ?イヤ、出てないか?
H:出てない出てない。2203か1959だね。
Y:それじゃ、本当にマーシャルを自分で買ったのはずっと後になってから?
H:だからアレが最初よ。MODEFOURが。
Y:ウソッ?!そうだったの?
H:イヤ、19歳くらいの時にはマーシャル使ってたこともあったな。パラダイス・ジャムの頃。改造してあったヤツだけど買ってはないと思うな。いいアンプだったんだけど、あれどこへ行っちゃったんだろう?
マーシャルを使う!
Y:それじゃ、本格的にマーシャルを使い出したのは2001年のZildjianのイベントでDSLを使ってから?
H:そう。あなたと知り合ってからだよ。透ちゃん(そうる透)のおかげだよ。
Y:180度変わっちゃったね。しかし、何でそんなにマーシャルが苦手だったんだろう?キンキンしているイメー