北島健二、マーシャルを語る~前編太い音、厚い音…同じマーシャルを使っても弾き手によって様々なサウンドが飛び出してきます。北島健二さんのマーシャル・サウンドを聴いていつも思うのは「官能的な音」。その長く輝かしいキャリアをサポートして来れたことはマーシャルにとってとても光栄なことです。
今回お送りする北島さんのマーシャル・トーク…色々と楽しいお話が詰め込まれたロング・インタビューになりました。前後編、2回に分けてお届けします。
北島さんとの邂逅
YMT(以下Y):実は私は北島さんとは縁が深くて今から30年近く前、まだ高校生の時の話ですが、ある人を介して私がやっていたバンドの練習に臨時ドラマーとして来ていただいたことがあったんですね。北島さんはあのころまだデビューしたてだったヴァン・ヘイレンのコピー譜を雑誌に掲載されていて…あの時はもうあこがれの人に会えて感動しました。
北島(以下K):ああ~。そうでしたねぇ。
Y:それから数年後、大学時代に参加していたバンドのドラマーが、高校時代に北島さんとやっていたということなんです。高校時代からジェフ・ベックを弾かせたら右に出るものはいなかったとか…。
K:大好きだったからね。
Y:北島さんにはHandwiredシリーズの発表会でデモンストレーションをしていただきまして、またこうしてマーシャルを通じてお付き合いができて大変幸せに思っています。
K:いいえ、こちらこそ。
Y:あのドラムを叩いていただいた時、「アンプは何をお持ちなんですか?」という質問をしたんです。すると北島さんは「マーシャルとXXXX/XXXXXX(高級アメリカ製アンプ)」とお答えになったんですね。あの頃まだ、関税の関係もあってマーシャルが非常に高価でした。こっちはもう「マーシャル」という言葉を聞いただけでも興奮するような年ごろでした。それなのに北島さんはいとも簡単に「マーシャルを持っている」とおっしゃる…感動しましたね。ハッキリと覚えています。「いつかは絶対に北島健二になるぞ!」って思いました。結局、全然なりませんでしたけど、ま、何とかこうしてお近づきにはなれた。
マーシャルとの出会い
Y:そこで、質問。みなさんに共通の質問です。北島さんとマーシャルの出会いは何でしょう?マーシャルというものを意識したのはいつごろ、どうやって?
K:あの~、ボクらの世代だからね~。ギターだったらレス・ポール。ハムバッカーが好きだから自然とレス・ポール系だったね。で、アンプはマーシャルになるよね。ボクはアメリカよりはイギリスの志向が強いんでギターはレス・ポール、アンプはマーシャルになったね。「そういうもんだ」って決めてかかってましたね。
Y:アーティストからの影響は?
K:ボクらの頃は映像がなかったので雑誌だよね。写真を見るしかない。夢中になって聴いていたジミー・ペイジやジェフ・ベックの後ろにあるのはマーシャルだったからね。ほとんどがマーシャルだった。ボクらの世代はみんなそうやって刷り込まれているんじゃないかな?
Y:あとはレコード。
K:そう。実は後になって知ったんだけど、レッド・ツェッペリンの最初の頃はマーシャルでレコーディングしていたわけではないんだよね。でも、ライブで使っている写真を見るからもうマーシャルって刷り込まれたね。
Y:レッド・ツェッペリンやディープ・パープルはご覧になられましたか?
K:見てない。
Y:土方(隆行さん)はツェッペリンをご覧になったとおっしゃっ