『雪の下の炎』楽真琴(ささ まこと) 監督インタビュー1959年に投獄され、拷問を受けながらも33年間を生き抜いたチベット僧パルデン・ギャツォの苦悩の半生を通して、チベット問題を浮かび上がらせるドキュメンタリー。パルデンの友人や元政治囚、フリー・チベット活動家の証言を交えながら、過去の記憶に苛まれる現在のパルデンを描き出す。監督はニューヨーク在住のドキュメンタリー作家・楽真琴。パルデンの自叙伝「雪の下の炎」と出会い、彼の不屈の精神に尊敬の念を抱き映画化を決心。「チベットの問題を世界の人々に知ってほしい」と、静かな口調で淡々と語るパルデン。怒りや憎しみの感情を超越し、「人の破滅を願うことは、己の破滅を招く」と、慈悲の心を忘れない彼の姿勢に感銘を受ける。
今回は本作の監督 楽真琴(ささ まこと)氏にお話を伺いました。
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取り扱った題材が題材だけに、撮影・上映の妨害などありましたか?
■楽真琴 監督(以下、楽監督):「撮影での妨害は特にありませんでした。チベットでは映画の撮影だというと絶対に許可が下りないので、観光として撮影していました。ヤングアメリカンみたいな派手な服を着て、サングラスをして、ガムを噛んで、いかにもみたいな服装で(笑)。
チベットでの撮影が終わったら、次はサンフランシスコの音楽フェスティバルにいきました。そのとき領事館からフェス事務局に「映画の上映を中止しろ!」って圧力がありました。中止しなかったですけどね。
他にはウィルス付きのメールを送られて来たりとか。件名には「西蔵(チベット)必読重要文献」のような文字がありました。漢字が使われてるからすぐ削除しましたけど(笑)」
それに屈する事は無かったんですね
■楽監督:「そうですね。色々と大変な事はありましたけど。それでも33年も投獄され生き抜いたパルデン(チベット僧)の人生を映画にしようとしているのだから、こんな苦労なんて何とも無いですよ。ちゃんと食事も出来ますし、看守に虐待されるわけでもないですからね。でも、ちょっとは忍耐力がついたと思っています(笑)」
楽監督がそこまでチベットやパルデンに惹かれる理由は?
■楽監督:「幼い頃に僧院でお坊さんが読経しているのを見て、その空間が何故かすごく懐かしいと感じたんです。惹かれ始めたのはそれが最初です。
それに実家では仏教を信仰していたし、祖父からはブッタの話をよく聞かされていたので。あるときテレビで五体投地の映像を観て、祈りをする意味や、仏教の意味が体で感じれたってのもあります。チベットを好きになったのは、すごく自然な流れだと思っています。
そして大学時代にパルデンの事を友人から聞き、なんてすごい人なんだろう!と感銘しました。12年前にNYに引越したのですが、知り合いもいないし、見知らぬ土地だし、自分の心を閉じていた時期があったんですね。そのときにパルデンのことを考え、自分と比較し、すごく元気を貰っていました。
そして皆さんにチベットのこと、パルデンのことを知って頂きたいと思い、今回映画化を決意しました」
パルデン氏はチベット僧のなかで、どれくらいの位にいるのでしょうか
■楽監
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