2月復興カフェの感想(福島県、茨城県、山梨県)

こんにちは!初めまして!

ユナイテッド・アースの一員として南三陸町でボランティア活動をさせて頂いているちゃおです!

現在はレインボーフラッグ班で復興カフェのお手伝いをさせてもらっています。

自分も復興カフェのリーダー経験があるので、今度は皆さんのお手伝いをさせて頂こうと思っていますのでよろしくお願いします。

皆さん、2月の復興カフェのご協力ありがとうございました!

全国の各リーダーさん方の感想をまとめましたので宜しかったらご覧ください。

福島県  紺野禎子さん

福島県の2月の復興カフェは、南相馬市で行いました。12月と同じメンバーです。12月の時も、女性は子供を産むのが怖いなどの衝撃的な現状を聞いてきましたが、今回、南相馬市の病院勤務の友人から聞かされた話もまた衝撃的でした。原発の数キロ圏内の病院から受け入れを要請されて到着した救急車の放射線量の高さ。レントゲン技師さんが尻込みするほどだったと言います。そして、それに乗ってきたのが出産間際の女性や生まれたばかりの赤ちゃんとお母さん。産婦人科からの避難だったそうですが、受け入れた友人も自分の安全と大量に放射線を浴びた避難者を助けなければという気持ちの狭間で辛かったと言います。そして、そういう事実は公にはされていない事も・・・。

「復興と言う気持ちにはなれない」「普通の生活に戻りたいだけ」
そんな気持ちは良く分かります。自分の家で、家族と一緒に今まで通りの生活が出来る事が一番の幸せ。家があるのにそれが出来ないのは辛いです。
今、学校も除染が進み、4月には屋外での規制もなるなる予定だそうです。そんな風に、普通の生活に戻す事が一番の目標である今、多くの取材も煩わしいと思っている人が沢山いる事も事実です。東北の沿岸部の広い範囲の被災地。全部が同じ「復興」ではない事。その場その場でみんな違う復興の形があることを改めて感じました。



茨城県  千葉秋恵さん

茨城県は第二の被災地といわれたように、建物やインフラに被害がでました。そこで、その当時の状況、何を感じたか、また地震が起きた場合の対策について話しあいました。
地震がおきた時の状況: 立っていられない、車が飛び跳ねる、棚のものが全部落ちる、ガラスが割れる。すぐに家族が心配になり連絡をとろうとしたがつながらない。余震が恐いので車に寝泊まりする。電気、ガス、水道が使えない。
その時どのように感じたか: 地震がきた瞬間は恐怖だった。どこに身を隠せば安全なのかが分からなかった。とにかく家族が無事か不安だった。近所の人が水や食料を分けてくれるなど、人の温かさを感じた。
今後の対策: 棚が倒れないように工夫する 電池パック式の携帯充電器を持っておく

内容は以上です。話せば話すほどいろいろな記憶が蘇ってきました。どんなに衝撃的なことでも、時間が経つにつれ、忘れてしまう気持ちや出来事があるのだ感じ、このように定期的に話し合うことの大切さを感じました。また行いたいと思います。

山梨県  織田美恵子さん

 大地震と富士山噴火の場合についてシェアリングを行いました。

 先月も富士北麓を震源地とする震度5の地震がありましたが、自分も含め、避難することもなく「またか」くらいの意識で、防災意識が低いことをどの方も感じたようでした。
 そこで、地震の揺れがおさまったら、指定の避難所へ行ってみよう、という話になりました。それを繰り返せば訓練にもなるし、本当に大地震がおきても、それまで通りに避難できるのではないかということになりました。
 また、避難所に集まった場合に、「○○さんがまだ来ていない」「あのうちは体が不自由な方がいるが大丈夫か」など、地域住民で安否確認や助け合いができるコミュニティ

レインボーフラッグ
2012/02/13 02:27



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