若尾文子スペシャルインタビュー(1):【川島雄三が大映にやってくる!】 2月の名画theNIPPONでは、日本映画界の鬼才・川島雄三監督が、若尾文子を主演に描いた代表作3本を一挙放送(番組詳細と放送スケジュール)。
これを記念し、今回若尾文子さんに特別インタビューを行いました。5回に分けてお送りします。
第1回【川島雄三が大映にやってくる!】
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―― 溝口健二、増村保造など、これまで錚々たる巨匠監督とお仕事をされてきた若尾さんですが、その中で川島雄三監督はどのような存在となりますでしょう?
若尾 私はそれまでほとんど大映の監督さんとだけ仕事をしてきましたが、特に増村さんは特殊な存在でもありました。一度だけ、多摩川の撮影所から「よろしかったらどうぞ」って、車で一緒に帰ったことがありまして、そのときいろいろお話させていただいたのですが、その中で「若尾君は僕の妹みたいなものだ」とおっしゃってたことがありました。そういう意味でも増村さんは同世代でリラックスさせてくれる監督でもありましたが、仕事の上では非常に厳しい人でした。
溝口先生はそうじゃなく、ただ恐いだけ(笑)。とにかく何もおっしゃらず、こちらから何かが出てくるまでずっと待っていようという姿勢で、とにかく一切指針を示さないんですよ。ただ、そこで「もう自分は駄目だ、生きていくことすらできない」というところまで追い込まれていくと“何か”を持っている役者であればきっと何かが出てくるんでしょうね。そこに至るまではものすごく辛いですし、そういう想いをした方ってたくさんいらっしゃるとは思いますが、自分で苦しんで苦しんで追い込まれた末に出てきたものって、やはりものすごく強いですね。
そういった大映の監督さんたちと違って、川島さんは全くそういう雰囲気の方ではなく、何か楽しかったですね。あの方を見ていますと、銀座を思い出すと言いますか、“銀座の人”って感じなんです。ただ、あまりモノはしゃべらなくて、芝居に関してもほとんど声は発さない。だからあの方が使う役者さんって、みなさん大ベテランの方ばかりですよね。川島さんのことをよくわかっていて、黙っていても気に入る芝居をなさる方ばかりです。私の場合も、ちょっと傍にいらっしゃって二、三言こちょこちょっとおっしゃるくらいで。それでも現場の恐い監督というイメージがないので、気が楽というか、ご一緒していて楽しい方でした。
――『幕末太陽傳』(57)『貸間あり』(59)など、映画史に名だたる数々の名作を手がけてこられた川島監督がやってくるということで、当時の大映東京撮影所の雰囲気はいかがなものだったでしょう?
若尾 正直、私はまだゆとりがなかったので、そういうところまでは感じなかったのですけど、やはり現場ではみなさん新鮮な体験だったと思いますよ。やはり全然違うタイプの監督ですからね。作業服なんか絶対着ないで、背広姿でマフラーを巻いて、すごくダンディで色気のある方でしたから。
―― ただ、その頃はもう監督の体調は……。
若尾 私がご一緒した頃は、もう自由に動けるという感じではなかったですね。ですから代わりに、助監督の湯浅憲明さんからいろいろ指示があったりしました。湯浅さんはちょっと太ってらして(笑)、でもマメに動いて川島監督をきちんとサポートされてましたね。また、私が出させていただいた3本のうち『女は二度生まれる』と『雁の寺』の