[メディア] CM自粛の記憶

 今回の大震災で多くのスポンサーがCMを自粛し、その枠にACのメッセージが繰り返し流されて、「またかよ」と思いながらテレビを見ている人も多いかと思います。今回の話は前のエントリーに書きましたが、こうしたCM自粛というのは今回がはじめてというわけではありません。

 1995年の阪神淡路大震災のときには、被災地である関西地区以外でCM自粛があったような記憶はあまりありません。関西地区では地震発生日と翌日の2日間、一切のCMが取りやめとなり、電力会社やガス会社からのお知らせだけが放送されていたようですが、関東地区では特に自粛というのはなかったように思います。ただし、地震や火災といったものを連想させるような内容のCMは、広告主が自主的に別のCMに差し替えたということはありました。

 一番大きかったのは、1989年昭和天皇崩御の際のCM自粛だったと思います。当時、私は広告代理店でメディア担当だったので、Xデー近しということで休業日も自宅待機して外出は控えろという指令が出ていました。自宅待機していた土曜日に「その日」が来たのをよく覚えています。この時は2日間服喪ということで、一切CMが放送されません(ACに差し替えるとかではなく、CM枠そのものがなくなる)でした。
 これは、ある意味で予期されていた事態でしたので、広告主には事前に対応を相談していたケースがほとんどでした。対応としては大別すると以下の4通りだったと記憶しています。

  • 放映されなかったCMを、後日別の時間に放映する。(放送時間移動)
  • 1に加え補償枠を要求する。(放送事故と同様の扱い)
  • 放映されなかった分に相当する料金を返還する。
  • 何もしない。(国家的な一大事なので仕方ないと割り切る)
  •  まあ、広告主の体質というか姿勢が出ますね。ほとんどの広告主は1の対応を選びましたが、キャンペーン期間の関係で後日CMが流れても困るというような場合は3もありました。2はほとんどありませんでしたが、一部強硬に補償を要求するところもあったりしました。4は歴史のある国内広告主の一部で、そのような太っ腹な対応をした企業もありました。それぞれに、その企業の考え方ですから、良い悪いということはないのですが、さまざまだなぁと感心してしまいました。

     今回は、ちょっとACが繰り返し流れてしまったために、なんだか違和感を覚えたのだと思います。突然の出来事で対応方法も考えていなかったのでしょうが、もう少し別の対処もあったのではないかと思います。

    2011/03/25 18:27



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