手書きとキーボード、紙とディスプレー今朝の天声人語を読んで(一部引用)
「死」を「si」と打てば、重みも実感も薄れる。
<中略>
そうした言葉もキーボードだと楽に打てる。
心が字面に追いつかないまま、言葉ばかりがインフレになり、安く流通しがちだ。
今朝の天声人語の筆者は普段から私が思っていることを見事に短文で表現してくれた。感性と筆力の両方を併せ持った方が書いたのだろう。大仰に書きたてない、さらっとした文面も私には好感がもてた。 ところで、彼(筆者)は手書きなのだろうか、ワープロなのだろうか? 変なところに興味が湧く。
手書きとワープロでは書くときのエネルギーが明らかに違うのはよくわかる。
読む場合はどうだろう。
やはり、紙とディスプレーでも読むエネルギーも読み方も違うと思う。
それでも書き手の感性と読み手の感性とがマッチすれば感動を共有できる。
筆力と感性は道具の差を容易に克服する。
デジタルを生業にしている身として、この文面もキーボードで書いているのだが天声人語のような文章は書けないまでも、たまには心が字面に寄り添うように書いてみたいと思った。
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