ベルギー外交官の将棋探訪記

 この文章は、当初日本・ベルギー協会会報に第79号(2011年7月発行)に、在日ベルギー大使館公使のヴェレイデンさんが寄稿したものですが、同氏の厚意により、当会のウェブサイトへの転載を認められました(棋士のタイルは発表文のままとしています)。ヴェレイデンさん、面白い記事をありがとうございました。

ベルギー外交官の将棋探訪記

2010年の名人就位式にて、右がヴェレイデンさん

10秒……
対局時計の針は情け容赦なく過ぎてゆきます。対戦相手の持ち駒を一瞥すると、金が3つ、歩が一つ。私の王将を囲む重要なマスのうち2つが敵方の桂馬に脅かされています。もし自玉が相手の次の手で詰まされない確信さえあれば、当方の角を成りながら相手の金を捕らえることができるのです。そしてそれにより、彼を必死に追い込むことができるのです。その確信さえあれば….

20秒……1,2,3,4
信じられないことです。いったいどうすれば、30秒以内にかくも複雑な終盤戦を戦いきれるというのでしょうか。かぶりを振りつつ、相手の最後の守備駒の金を急いで取ると対局時計のボタンを押します。29秒が過ぎたところでしたから、ぎりぎりセーフでした。今度は相手方の指す番です。彼は僅かに驚いた表情を見せ、次の瞬間勝利を確信したようです。飛車、歩、金を捨てたのち、金を打ってきました。私にも即詰みがあるのが見えました。最早諦める他に道はありません。完全な敗北でした。

試合の緊張感から解放されるに従い、2つのことが明らかになってきました。1つは、この局面は結局のところ読むのが難くなかったということ。即ち後手の攻め方は直線的でわかり易かったので、私の神経が平静を保っていさえしたら、詰みを読み切れたはずなのです。2つ目はこの試合に負けたことで東京の竜王戦で敗退を喫したとういことです。しかし、私にとっては初めての将棋トーナメントでありましたから、この結果は分相応だと思っております。これが、2008年9月に初めて日本の土を踏んだその日に始まった私の将棋探訪記に記された最近の出来事でございます。

並々ならぬ欲求

日本に駐在すると、多くの点で非常に快適な生活をおくることができます。この国にはあらゆるものが揃っているとさえ言えます。確かに。でも実はそうではないことも事実です。あなたが25年以上の経験を有する優秀なチェス・プレーヤーだとして、あなたの趣味が東京という世界一のメガ・シティで全く知られていないとある日突然気づいたとしたら、どんな気持ちになるでしょうか。何ということでしょう!バンコクにでさえ、とてもハイセンスなチェス・クラブがあるのです(正直申し上げると、そのクラブとは、実のところ私本人が別の駐在カップルと1999年に始めたものなのですが)。チェス・クラブなるものは、世界中どこにでもあるのではないでしょうか、クウェート・シティにだってありました。(実際には、あるフィリピン人女性の厚意により、小さなビリヤード場にあるタバコの煙でむせ返るような倉庫で週一度開催されていたにすぎないのですが)。つい、話が横道にそれてしまいました。本題に戻ります。

日々チェス・クラブを探し求めては、苦い失敗を味わい、折りしもあきらめかけていた頃に、東京日仏学院のチェス・将棋クラブと出会うことができました。そしてこの思いがけない発見と幸運なめぐり合いにより、私は将棋の魅力に取りつかれてしまったのです。日本人の皆様はお気づきにならないでしょうが、将棋の世界は日本語を解さない外国人にとっては全くの狭き門なのです。日本国内では非常に人気がありながら、将棋が外国人に紹介されることは稀であります。外国メディアも滅多に取り上げません。時々公園で行われていたりしますが、それ以外に通りがかりの外国人が偶然に将棋を

ISPSからのお知らせ
2011/09/28 00:36



コメント

コメントを見る (0)

コメントを投稿

* コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。