ウクライナでの将棋の始まり(8号、1998.8.1)1996年の或る日、将棋連盟に一通の手紙が入りました。それは、ウクライナの首都キエフ市にある「子供の宮殿」(チルドレン・パレス、以下少年宮 *1)で囲碁講習会の先生をしている、ビクトル・チーシェンコさんと、マールク・ワイントラウブさんからのもので、これから将棋の講習会も始めたいので、ご援助をお願いしたい、という内容のものでした。(鈴木良尚)
ウクライナでは日本大使館が出来てから国際交流がだんだん増えるようになり、囲碁が始まったのが1976年からだそうです。一方、将棋の方は駒に書いてある漢字が周りの誰にも読めないので、殆ど指す人もいなかったそうですが、今まで知らない将棋に対する興味が少しずつ生まれ、最近深まってきたとのこと。将棋連盟からは早速、盤駒5組とパンフレット(英文)10部、それに英文の初心者用解説本が送られました。
子供達との交流
過去15年来、国際郵便将棋(*2)を指し続けている私は、学生時代にロシア語を勉強したこともあって、この話に特に興味を持ちました。そこで、チーシェンコ先生の住所を教えてもらい、少年宮の子供達とも含めて郵便将棋の国際交流を始めることにしました。そして、ルール・ブックのロシア語版も依頼して作ってもらいました。チーシェンコ先生は日本語の勉強中で漢字も書くことが出来(写真参照)、英語よりも得意とのことです。チーシェンコ先生から私への手紙にはウクライナのことがいろいろと書かれています。それを原文のまま引用してみましょう。漢字の誤り等はありますが、何を言いたいのかよくわかりますので、そのまま読んでください。
鈴木良尚様
拝啓お手紙ありがとうごさいました。生徒と一緒に貴方と将棋をさしたいです。その他、ロシア語で書いた将棋ルールを創作することを用意いたしますがどんな将棋教材をこの孝科書に入れた方がいいかよく分かりません。
その次にお質問に答えようと思います。
(1)昔レーケット(T.Legget)の将棋ブックを持っていて自分で駒を作って、生徒に見せました。生徒はチェスが出来るから将棋に興味を持って将棋を差して習いましたがルールの問題のせいでやめて置きました。
(2)将棋教官のワイントラウブ氏は人員整理の理由で解雇されました。今私は一人で将棋を普及するつもりです。
(3)ウクライナは26州になっていて、各州中心地ざっとに子供宮殿があってキエフ市に14地区で、各地区にも子供会官があります。われわれの子供宮殿に子供たちが6000人ぐらい通っているでしょう。毎年ウクライナでは子供宮殿、チェス学校、サークルなどの間でチェストーナメントが沢山行われています。
(4)もう数年間は日本語を習っていても手紙を書けませんので言語大学日本語の教師が助けて下さいました。この教師はロシア人です。キエフ大学にも日本語学部があります。われわれの子供宮殿には日本語ワープロがありません。
(5)ドキュメントに関して話すと私にとっては日本語で書かれた将棋教材の方がいいですが生徒に教える場合は英語の方が便利でしょう。なぜかというと子供たちはある程度英語のできる。
(6)日本大使館と日本会社に将棋を差す人はございません。囲碁の場合は時々大使さまがわれわれのキエフ囲碁会所にいらしゃることがあります。
敬具 チーシェンコ・ウイークトル 23.09.1996
着実な進歩
キエフでの最初のミニ将棋トーナメントは、強い子供たち4人を選んで1997年3月27日に行われ、次は、キエフの日というお祭り(5月27日)に行われました。その時に送られてきた成績表をご覧ください。
7才のグルスチェンコ君は、第1回目は全敗でしたが、2ケ月後には相手が新人だったとは言え2勝を博しています。今年のキエフの日には女性の大人も加わって、益々興を盛り上げてきている様子がうかがえました(成績表は省略)。更に、駒落ち将棋も行われるようになり、底辺拡大の程が推察されます。下の写真(Webmaster註 - 写真は本アーカイブでは載せていない)は今年の3月7,8両日に行われた日本大使杯囲碁トーナメントの休憩時間に、スミク君と加賀さん(*3)との将棋の対局を囲んで皆が楽しんでいる様子です。結果はスミク君の1勝3敗だったそうです。
駒の工夫
チーシェンコ先生は将棋のルールを生徒たちに覚えさせるためにパンフレットを使います(将棋連盟作成)。そして、ルールを覚えた者は、次に実際に盤上で駒の動かし方を勉強しますが、
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