スウェーデン将棋の旅(15号、2001.3.31)

 将棋を世界に広める会の第4回海外普及対象国は、スウェーデンでした。2月21日から28日までの6泊8日の旅行中イエテボリ、ストックホルム、キルナの街で、3回将棋に関わった。その状況について、以下簡単に報告させて頂く。(細根雄治)

☆イエテボリ

 イエテボリでは、同好者が集まるという図書館の喫茶店に若者が8人集まっていた。みんな9級とか、5級との自分のスウェーデンでの級を申告したので、駒落ちで対戦した。
 ところが、彼らはそれぞれ標榜するクラスよりはるかに実力が高かった。聞いてみると、スウェーデンでは将棋を始める時は、全員が15級に格付けされるということで、それから成績によって1級ずつ上がって行くシステムであるという。日本のように、指してみたら初段の人と同等の力があるから、その人を初段に格付けするというようなことはないという。
 同好の士と指すほか、インターネットを駆使して訓練しているから、またたくまに腕が上がり、自身が標榜する級をはるかに超えることになる。そういうことで、スウェーデンの将棋は若く勢いがある。チェスの国でジャパニーズチェスを取り組もうとしている層は、新しいことにチャレンジするくらいだから、いかにも聡明そうな若者ばかりである。9級ですとか、5級ですとかいうから、日本のクラス並みと思って指し始めたメンバーは、皆たじたじとなってどうしてあなたが9級なんだと聞いたら、前述のような次第でした。午後6時から8時まで入れ替わり立ち替わりで、1人あたり5、6局をこなして、成績をつけるでもなく、親睦に徹した時間を持ちました。
 その後我々と付き合ってくれた5人のメンバーを含めて、ハナキの街を30分ほど探して落ち着いたレストランで聞いたら、そこへ来たリーダーが31才で、それ以外は皆21才、22才という若者ばかりでした。まだ始めて何年も経っていないに違いない。そんな若者を見ていたら、スウェーデンの将棋はすぐ日本に比肩する所に来るに違いないという思いを強くした次第です。

☆ストックホルム

 ストックホルムでは、ストックホルム・オープンに参加した。旅行の日程をそこに合わせてきたので、このくそ寒い時期になんで?という疑問が解けた。丁度この時期のストックホルムはスポーツ休暇とかで、学校を1週間休みにするという制度があって、人が集まりやすいのだそうだ。会場はホテルから歩いて20分ほどのチェスセンターを借りて、日本からの7人を含めて、24人で始められました。
 スウェーデンの人が13人で、ノルウェーから女性1人を含めた4人の参加があって、3国対抗の形になった。
 チェス方式どいうのでしょうか、対局は3時間毎に行われる。持ち時間1人30分で、それ以後は1分の秒読みになる。初日は、午後1時から4時、7時と3回戦でした。全員が済んでしまっても決めた時間を繰り上げるということはしない。対局が済んだ人は防寒具を身にまとい、外出をして次の対局時刻の寸前に又現れる。こうして勝ちは勝ちと、負けは負けと当てていくから、初日は3勝と3敗が3人ずつ出来て、それ以外は2勝1敗と、1勝2敗とになる。
 初日は日本のメンバーでは、清水さんが3勝で勝ち抜き、全員の成績は11勝10敗で辛うじて1つの勝ち越しということになった。初日1勝2敗だった3人がリタイアして、観光組みに回ったため不戦敗で、2日目は4人が参加した。2日目は、細川さん、乾さん、鈴木さんがそれぞれ3勝し、日本勢は10勝2敗で、優勝はスウェーデンのトーレ・オンクヴィスト2級で、準優勝が細川さん、3位が乾さんとなった。
 1〜3位の3人は全員5勝1敗なのだが、戦った相手の成績で、微妙に差がついての振り分けになる。今回の旅行の団長をしていただいた佐伯昌優先生がおっしゃるには、やはり優勝した人が1番強かったろうということで、開催国の面目も立ったというものだ。
 表彰式では本賞は、胸に着けられたメダルで荷物にはならない。ほかに全員から参加費として集めた、1人あたり100クローネを、副賞として、優勝者が2分の1、準優勝者が12分の7、3位が12分の5を獲得することになった(日本人は副賞をスウェーデン将棋連盟に寄付した)。
 小生は、2日目リタイア組に入ったのであるが、初日の3試合で日本人と2回対戦することとなり、なぜ地球の裏側まで来て、日本人とばかり対戦するのかと腹が立ったので、3回戦を戦っている時に、観光組みに回る決意をしたわけである。ところが、くじ引きと戦績とで、スイス方式にしたら、当然なるべくしてなったのかも

2001年発行 | 北欧(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド)
2004/10/01 08:47



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