ソウルフル IN ソウル(27号、2004.3.1) 1 予想外な序盤
第2期日本将棋指導者養成所の講師を引き受け、ソウルに着いたのは1月25日。気温はマイナス10度。予想通り寒い。だが実は、予想通りは気温だけだった。韓国将棋(チャンギ)協会が用意してくれた宿泊先は、なんと温泉マーク付きホテル。協会の財政状況は薄々知っていたが、まさかの激安モーテル。(川北亮司)
こうして、2月11日までの18日間の講座が、スタートすることになった。通訳は第1期にひきつづき鄭春永(チョン・チュンヨン)五段。
講座でも序盤から予想外だった。受講生の中に、日本語を勉強している人や、日本での生活経験のある人などが、何人かいたことだ。中には棋聖戦の新聞の切り抜きを持っている人さえいた。それに、受講生はチェスと韓国将棋の講座も、同時に受講しているのだった。
初めての土地、初めての試み、初めての経験。予想外なことも多々あったが、ここではいちいち書ききれない。たとえていえば、将棋盤をよく見たらマス目が100個あったとか、将棋盤のまわりに、座布団が四枚敷いてあったというようなこともしばしばだった。
そんな中で最も困った予想外は、なんといっても資格試験のことだ。上田友彦さんが担当した第1期の継続受講生が午前に。午後には新規の第2期受講生の講座。これは事前に知っていた。しかし、資格試験は、第1、2期の受講生がいっしょに受けるという。
第1期生は、すでにテキストを学習し終え将棋が指せる。それだけでなく、約半数の7人が九段から二段までの韓国将棋のプロ棋士。一方、第2期生はプロ棋士が五段と女流二段の二人。しかも半数近くの6人が女性で、韓国将棋さえ知らない人もいる。だれがどう考えても、第2期の受講生は不利だ。
ともあれ、第一日目は、健康にいいという“百歳酒”を飲み過ぎたせいか、ホテルの環境が良すぎたせいか、夜中に何度も目を覚ましたのだった。
2 局面打開の妙手
韓国での日本将棋指導者養成所の開設は、本当に画期的なことだ。これまで日本将棋の普及は、将棋にくわしい日本人が、世界各地に飛んで行くしかなかった。しかし今回の試みが成功すれば、韓国人が自らの国の子どもたちに、日本将棋を教えることができるようになる。日本将棋にとってこんな幸せなことはない。カムサハムニダ。感謝の一言だ。この事業実現に奔走した協会の朴光燮(パク・カンソプ)副会長。また、国際交流基金ソウル日本文化センターの久保和朗所長にも、カムサハムニダ。
ところで、この事業には韓国将棋協会の中堅棋士たちが、献身的に関わっていた。たとえば、日本では考えられないが、“韓国将棋界の羽生”と称される金敬中(キム・キョンチョン)九段が、韓国将棋講座の講師をつとめながら、日本将棋の盤駒を運んでくれている姿には、頭が下がる思いだった。
さて、第1期の継続受講生と、第2期の新規受講生のレベルの差をどう埋めるか。これが最大の課題だったが、二日目の深夜、妙手が浮かんだ。
この講座の主目的は、日本将棋を覚え強くなることではない。日本将棋を覚え教えられるようになることだ。ならば、子どもたちに教える方法も身につけてもらう必要がある。なにしろ受講生は多士済々。年齢も20代から70代、職業もバラバラで主婦もいればプロ棋士もいる。
妙手はこうだ。一人ひとり順番で教室の前に立って、先生役をやってもらう。そして、「禁じ手を説明してください」「『成る』とはどういうことか説明してください」と課題を出す。受講生には、子どもたちに教えるように話してもらう。話す方も聞く方も、これまで習ったことの復習にもなるはずだ。講座にも楽しさを盛り込める。一石三鳥のこの妙手を思いつき、かなり安心した。安心しすぎて、また“百歳酒”を飲み過ぎた。たぶん101歳まで生きられる。
3 意外な落とし穴
受講生に先生役をやってもらって、驚いたことがある。だれもが銀を「キン」と発音する。
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