ロシアの将棋この5年間の歩み(29号、2004.9.18)ロシア将棋協会会長 アレクサンドル・ノソーフスキー
6月に、モスクワのイゴール・シネーリ二コフさんが来日し、ISPSの理事と会食するなどつながりができました。その縁でロシア将棋協会の会長にロシアの将棋状況についてレポートを書いてもらうことになりました(翻訳協力-ベセダ(株)田中様)。
将棋がロシアに入ってきてからすでに5年以上がたっています。
1999年5月、私はモスクワで最初の将棋の大会を主催しました。私の見つけたロシアの将棋愛好者たちは、初めて将棋の試合を戦いました。優勝したのはコンスタンチン・ニーコノフで、第2位はレフ・キスリューク、第3位はパーベル・マカーロフ、第4位はファインでした。
同じ年の秋、私は、国際連珠連盟(RIF)の副会長として京都で開催された連珠の国際試合に招待され、審判団の一員となりました。
この訪問中、古い知り合いのタツトミ・ヒロユキに日本の将棋家に会わせてくれるよう頼みました。
彼は、将棋アマ三段、碁三段、連珠六段で、この他に、彼は、チェス・オリンピックに日本選手団のヨーロッパ・チェス選手として参加したことが一度あります。
彼の紹介で京都の指導棋士中尾修六段と知り合うことができました。その場で彼をモスクワに招待し、早くもその三ヶ月後に私たちはモスクワで再会し、中尾六段は、「モスクワ・オープン」の最初の勝者となりました。
それ以来、ロシア将棋協会(ARSI)を中心にして、将棋愛好家の輪が広がることになりました。
現在ロシアで最も強いのは、文句なくセルゲイ・ベローフです。数年間日本に住んだことがあり、大阪将棋クラブの二段を持っています。ロシア将棋協会(ARSI)に参加したおかげで、彼は、ロシアでも将棋を指す機会を失わずに済みました!
2番目に強いのがサンクト・ペテルブルグのビクトル・ザパーラです。彼は16歳ですが、既に4年以上将棋を指しています。彼は熱狂的で、インターネットの将棋道場でおよそ4000局以上!も対局しています。彼は、ロシアでただ一人、子供の時から将棋を勉強している人間です。
主にビザと経済的な事情により旧ソ連諸国の多くの愛好家が西ヨーロッパで開催される国際大会に参加することは困難です。
そこで2年続けて「将棋東欧カップ選手権」をモスクワで行い、ロシア代表2人が参加しました。ウクライナチャンピオンのアルチョーム・コロミエツ(三段)とベラルーシチャンピオンのセルゲイ・コルチーツキーです。
この大会は総当たり戦で、今年はセルゲイ・ベロフが2ポイントで勝利を収めました。2位は同ポイントでビクトル・ザパーラでした。(ページ末に二人の対局棋譜)。
1999年からの5年間に、私たちはロシア将棋協会(ARSI)を創設し、着々と将棋普及の準備を進めてきました。
1,本「日本の論理的ゲーム」、ルールと初歩的知識の紹介。150部が売り切れた。
2,ロシアで最初の将棋選手権の開催
3,ロシアはFESA(ヨーロッパ将棋連盟)の正式会員となる。セルゲイ・ベローフがヨーロッパ選手権で4位となった。
4,将棋序盤戦参考書の作成
5,詰将棋集の発刊
6,「日本のチェス−将棋」の発刊。初版5000部
などを行いました。現在、将棋を指す人の数はおよそ50名ですが、これを500人に
できるのではないかと考えています。一方、将棋に関するロシア語の書物を発行したことで、ウクライナとベラルーシの将棋連盟の設立につながりましたし、アメリカとイスラエルのロシア人コミュニティに将棋クラブができることにもなりました。
ロシアではチェスが非常に普及していますが、このことは良い面(将棋普及の良い下地)でもあり、悪い面(優秀なプレーヤーの取り合いなど)でもあります。
我々の努力が遅かれ早かれ子供教室という形で実を結び、そこから出た棋士が様々な大会でロシアを代表することになることを期待しています。
これらの我々の努力が日本でも認められ、来年に開催される将棋国際フォーラムでは、ロシアから1人ではなく3人が招待されることを期待しています。
*東欧カップ決勝棋譜▲2六歩△3四歩▲7六歩△4四歩▲4八銀 △3二銀▲5六歩△4二飛▲6八玉△6二玉 ▲7八玉△7二銀▲5八金右△7一玉▲6六角△4三銀▲2五歩△3三角▲7七桂△6四歩▲6八金寄△5四銀▲8八銀△8二玉▲7九金△9四歩▲8九玉△5二金左▲7八金寄 △7四歩▲5九銀
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