秋空

ここ1週間ほど、本当に寒くて大変だった。急に12月下旬ごろの気温‥
と言われて戸惑った。秋の装いから、急に冬に変わって、ダウンのコートや
マフラーに顔をうずめて歩く人が一気に増えた。今年の季節の移り変わりは、
ちょっと早めに次の季節がやってきて、しばらくすると、またもとの季節が
ゆったりと居座る‥そんなパターンであるようだ。


今日は久しぶりに美しい秋空(冬空?)だった。気温も程よく、気持ちのいい
一日だった。都会でも、秋空は澄んだ水色で美しい。


そういえば、水色や青は「心を鎮める色」だという。確かにそうだなぁ‥
と改めて思った。啄木の歌に、「空に吸はれし十五の心」というのがあったのを
思い出して、空や海の青を眺めながら、深呼吸したら、そりゃぁ、ゆったりして、
いろいろな想いがよぎって‥その中には自分から外界へと広がるエネルギーが
感じられることもあるだろう‥と一人で納得していた。夢とか希望…と言ってしまうと
陳腐な気もするが、それでもなにか自分の中に「力」を感じられるような…
(上の句は「不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて」)


そう考えていると、同じように「空」を詠んだ、若山牧水の歌も思い出した。
「白鳥(しらとり)は哀しからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ」
この歌は、孤高の歌とされているが、私は勝手に、雄大な海と空に包まれて、
白鳥の存在が無限に広がるイメージの発信源になっているようにおもえる。
孤立‥というより、ちゃんと確立した存在‥。


最近、自立(自我の確立)がテーマだなぁ‥という相談が多い。
一人一人のケースはそれぞれに違うが、親の期待、学校の期待、はたまた
職場の期待に沿って頑張って‥それで、どこかのタイミングで、ちょっと待て…
自分はどうしたいのか?と問う(或いは問われる)…すると、それに答えられない
自分に気づく。そんなとき、自分の存在の曖昧さ、というか、自他の境界線の危さに
危機感を感じるのではないかと思われる。それが、時には激震のように自分の
存在を揺るがす。それが、不登校とか身体の症状になって現れ、ちょっと立ち止まって
よぉく考えてみよう…ということになる。

乱暴な表現だが、「空の青海のあをにも」染まらない自分を見つけようと
しているような気がしている。


紅葉狩りには行けそうもないので、毎日空を見て秋を楽しむことにしよう。
もう冬はそこまで来ている。どんよりとした寒空の下だと、ついうつむいて、
縮こまって歩きがちになってしまう。今のうちに、上を向いて、背筋を伸ばして
おかなくては‥(^^;)

2009/11/25 22:53



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